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福島地方裁判所 昭和43年(行ウ)23号 判決

原告 中川新平

被告 猪苗代町議会

主文

被告が、昭和四三年三月二九日付で、原告の被告に対する別紙目録記載の猪苗代町議会会議録の閲覧請求を拒否した処分は、これを取り消す。

原告のその余の請求中、右会議録について、被告が原告の抄本交付請求を拒否した処分の取り消しを求める部分は棄却し、謄写および謄本の交付請求を拒否した処分の取り消しを求める部分は却下する。

訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

原告は、「被告が、昭和四三年三月二九日付で、原告の被告に対する別紙目録記載の猪苗代町議会会議録(以下「本件会議録」という)の閲覧、謄写および謄・抄本の交付請求を拒否した各処分はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二当事者双方の主張

一、請求の原因

1、原告は、福島県耶麻郡猪苗代町の住民で選挙権を有するものであるが、昭和四三年三月二九日被告に対し、本件会議録の閲覧、謄写および謄・抄本の交付を請求したところ、被告は、同日これを拒否した。

2、しかしながら、被告の右各拒否処分は、原告の被告に対する町議会会議録の閲覧、謄写および謄・抄本の交付等の各請求権を不当に侵害するもので違法であり、取り消されるべきである。

すなわち、

(一) 地方自治法は、普通地方公共団体の議会の会議は原則として公開する旨定め(同法第一一五条第一項)、そして、議長は、事務局長をして会議録を調製し、会議の次第および出席議員の氏名を記載させなければならない旨規定している(同法第一二三条)。右公開の原則は、単に議会の審議を傍聴しうるだけでなく、そのてん末を記載した会議録の閲覧、謄写および謄・抄本の交付を請求する各権利も含むものと解すべきである。したがつて、被告が、原告の前記各請求を拒否処分に付したのは、原告の被告に対する右請求権等を不当に侵害するものであるから取消しを免れない。

(二) 仮りに、原告の右請求が認められないとしても、被告は、原告の右請求について、法令上これを拒否し得る旨の規定がないのに、これを拒否したのは権利の濫用であつて許されない。

(三) 被告は、昭和四〇年一月六日、磐梯温泉観光株式会社に対し、町議会の会議録の抄本を交付しているのにかかわらず、原告にはこれを交付しない。これは原告を差別して取り扱つたものであり、憲法第一四条および地方自治法第一〇条に違背する。

3、よつて、被告が、原告の被告に対する本件会議録の閲覧、謄写および謄・抄本の交付請求を拒否した各処分の取消しを求める。

二、被告の答弁

1、請求原因第一項の事実中、原告が猪苗代町の住民で選挙権を有することは認めるが、その余の事実は否認する。すなわち、昭和四三年三月二九日、原告は、被告に対し本件会議録について閲覧、謄写および謄・抄本の交付を正式に請求したことはなく、右請求が許されるか否かを問いただしたにすぎない。

2、同第二項の(一)の主張は争う。会議録の閲覧、謄写および謄・抄本の交付請求を許容した法令の規定はなく、猪苗代町議会の会議規則にも何ら規定がないので、原告は本件会議録の閲覧、謄写および謄・抄本の交付を請求する権利を有せず、したがつて、被告は、これに応ずる義務がない。もつとも、被告は会議録の抄本の交付を許容している。

同(二)および(三)の主張は争う。

第三立証〈省略〉

理由

一、原告が、猪苗代町の住民で選挙権を有していることは当事者間に争いがない。

二、まず、原告が、本件会議録の閲覧、謄・抄本の交付、謄写の各請求権を有するか否かについて順次検討する。

1、会議録閲覧請求権について、地方自治法には、右会議録の閲覧を許容した規定はなく、猪苗代町議会の会議規則にもこの点についての規定は存しない。

ところで、普通地方公共団体の議会で議決される事項は、条例の制定改廃、予算の議決、決算の認定、地方税の賦課徴収、分担金、使用料、加入金、手数料の徴収等地方自治法第九六条に掲げられている事項のほかに、同法の他の条項および他の法律において個別的に規定されているものがあり、さらにこれらの法律に基づく政令においても規定されているので、その範囲はかなり広く、普通地方公共団体に関する主要な事項、とくに住民の権利義務に関する事項はほぼ網羅されている(同法第九六条第一項第一四号)。そこで、地方自治法は、議会の議事が公正に行なわれることを担保し、住民の権利に関する案件について住民をして審議状況を知らせるため、会議は原則として公開する旨規定し(第一一五条)、さらに議長をして会議録の作成を義務づけている(第一二三条)。右のように、地方自治法が、会議録の作成を義務づけているのは、日時の経過によつて議事の経過および内容が不明になるのを防止し、資料として後日まで保存することを命じたものにとどまらず、審議の経過および結果を記録し、議決内容の公正さを担保するためであつて、会議の経過を知るのに極めて重要な資料である。そして、国会の場合、憲法第五七条第一項において会議公開の原則を宣明するとともに、同条第二項において、これを徹底させるため、会議録の保存、公開および頒布を各議院の義務と定めており、また、証人青山憲一の証言によると、福島県議会でも、会議録は、会議規則により印刷して議員および図書館等関係者に配布し、いつでも閲覧できる状態にしてあることが認められるが、これらの趣旨は、市町村議会の会議録についても推しおよぼすべきである。すなわち、議事の公開の主要目的の一つである住民に議会の審議内容を知らせるためには、会議の公開のみで十分でないことは、住民の都合、会議場における傍聴席の収容能力等から容易に推測しうるのであつて、右の目的を貫くには、会議録の閲覧にまたなければならないことは明らかである。前示の憲法あるいは福島県議会会議規則の趣旨もそこにあるといわなければならない。とくに地方自治が民主主義の源泉であることにかんがみると、議事の公開には、当然に会議録の閲覧請求権の承認を含むものと解するのが相当である。(右憲法および福島県議会会議規則は、会議録の閲覧をより容易に行ないうるよう議院または県議会に義務づけたものと理解しうる)。以上のとおり、地方自治法は、議会の会議について公開の原則を採用し、住民の権利保護につとめているのであるから、その趣旨を精察することなく、単なる文理解釈から、明文の規定がないとの理由で、会議録の閲覧請求を制限すべきではなく、普通地方公共団体の住民は、法令上明文の規定の有無にかかわらず、会議録の閲覧請求権を有するものであり、被告は、特段の事由がないかぎり、原告の会議録の閲覧請求を拒み得ないといわなければならない(証人藤田康夫の証言中の行政実例は、右判示に反する限度において相当でないと考える)。ことに、被告は、後記のように、議案単位で会議録抄本の交付を認めているが、抄本の交付を請求するためには、まずいかなる議案が審議されたかは会議録を閲覧してみなければ、抄本を特定してその交付を請求することは至難であつて、このことからも会議録の閲覧請求権を認めないわけにはいかない。また、被告は、会議録の閲覧により原本の破損、散逸のおそれがあることを理由としているが、閲覧させるのは会議録の謄本で足り、しかも証人阿部静雄の証言によれば、被告は、会議録の謄本を二部作成するというのであるから、さらにその一を加えることは甚だ容易なことであつて、右のおそれは全く杞憂にすぎない。

2、会議録抄本の交付請求権について、被告が制度として議案単位の抄本の交付を許容していることはその自認するところであるから、原告は会議録抄本の交付請求権を有するといわなければならない。

3、会議録謄本交付および謄写請求権について、議事公開の原則の射程距離は前示の限度において必要にして十分であり、右の限度をこえる部分はもつぱら立法政策の問題というべきである。しかも、被告は、会議録抄本の交付を認めていることは前示のとおりであるから、原告としては必要な議案についての会議録抄本の交付請求をすれば多くの場合ことは足り、また多少の繁雑さはあつても、抄本の交付を介して謄本の交付を受けたと同一の効果をうけうるのである。したがつて、原告は本件会議録の謄本の交付および謄写請求権を有しないというべきであり、かりに被告のこれに対する拒否処分がなされたとしても、その拒否処分の取り消しの訴を提起することは許されないものといわなければならない。

三、次に、原告が、昭和四三年三月二九日、被告に対し、本件会議録の閲覧および抄本の交付請求をし、被告が右請求を拒否したか否かについて判断する。

成立に争いのない甲第六号証の一、第七号証、証人五十嵐武比古の証言により真正に成立したものと認められる甲第一七号証、証人小沢明、同阿部静雄(後記信用しない部分を除く)、同五十嵐武比古の各証言、原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

原告は、昭和三八年一二月ごろから、口頭または書面で数回にわたり、被告に対し、猪苗代町議会会議録の閲覧、謄写および謄・抄本の交付方を請求したが、被告は、法令上原告の各請求を許容した規定がないから、原告は右請求権を有せず、結局右請求を許すか否かは被告の裁量に委ねられたものと解し、かつ、もし閲覧謄写を認めると、原本を破損し、あるいは散逸するおそれがあるので、これを防止する意味もあり、しかも被告においてその必要を認めないという理由で、原告の右各請求をその都度拒否してきた。しかし、原告は、被告の度々の拒否処分にもかかわらず、昭和四三年三月二九日、被告事務局に赴き、事務局長阿部静雄を通じて被告に対し、本件会議録の閲覧、謄写および謄・抄本の交付を請求したところ、被告が前同様の理由によりこれを拒否したので、本訴を提起し、その後も右請求を繰り返している。

証人阿部静雄の供述中には、昭和四三年三月二九日ごろ、原告が被告事務局を訪れ、事務局長阿部静雄に対し、会議録の閲覧、謄写および謄本の交付請求をしても、前事務局長時代から拒否しているので、今度も許可してくれないだろうと話しかけた程度で正式の請求はなく、抄本の交付については全く請求がなかつた旨の供述部分があるが、前記各証拠に照らし、右供述部分は措信することができず、他に前記認定を動かすに足りる証拠はない。

したがつて、他に特段の事情の認められない本件においては、被告の本件会議録の閲覧請求を拒否した処分は違法であるから、その取り消しを免れない。

ところで、原告が、昭和四三年三月二九日、本件会議録について、抄本の交付請求をしたことは、前記認定のとおりであるが、原告本人尋問の結果によると、原告の右請求は本件会議録中どの部分の抄本であるかを特定せず、単に本件会議録の抄本を交付されたい旨請求したことが認められる。そうだとすると、かかる交付を求める会議録の部分の特定のない抄本の交付請求自体、抄本の交付請求の要件を欠くものであるから、原告の右請求は失当といわなければならない。

四、以上の次第により、その余の点について判断するまでもなく、原告が、被告の本件拒否処分中、本件会議録の閲覧請求についての取り消しを求める部分は正当であるからこれを認容し、抄本の交付請求についての取消しを求める部分は理由がないので棄却し、謄写および謄本の交付請求についての取り消しを求める部分はいずれも不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 丹野達 佐藤貞二 新田誠志)

(別紙目録省略)

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